宮本武蔵を描いた井上雄彦さんの漫画『バガボンド』が面白くて、京都旅行の際にゆかりの地を尋ねました。『バガボンド』の武蔵を追っているので、史実とは違うこともあるのかもしれませんが。。。
決闘の場・一乗寺下り松と八大神社
「天下無双」をめざして旅を続けていた武蔵は、21歳くらいの頃、京都の兵法家・吉岡一門70人と決闘したといわれます。その場所、京都市左京区の八大神社境内地にある「一乗寺下り松(いちじょうじさがりまつ)」に向かいました。
出町柳駅から叡山電車に乗って一乗寺駅下車。徒歩で約10分くらいで「一乗寺下り松」に着きます。この松は5代目とか。武蔵の頃は荒野だったようですが、周囲は住宅地でした。
一乗寺下り松の向かいにある案内板。わかりにくい道ではないですが、初めて訪れる人にはワクワクします!
「一乗寺下り松」から急な坂を上り、詩仙堂を過ぎたあたりに八大神社の鳥居。
参道には、宮本武蔵の映画ポスターやロケの写真が掲示されていました。
八大神社は武蔵が決闘の前にお参りした神社です。自分の心の弱さに気付き、必勝祈願はせずに「我神仏を尊んで神仏をたのまず」と言ったとのことです。
本殿の前に砂山が盛られていました。「盛砂」と呼ばれるもので、古来より神の依り代と考えられ、場を清める意味合いで伝承されています。ユネスコ世界文化遺産の上賀茂神社にある「立砂(たてすな)」も同じ意味をもち、そちらはもっと大きいとか。
境内の武蔵のブロンズ像。まだ少年の面影が残っていますね。
花々の詩仙堂
八大神社からすぐ隣にある詩仙堂。江戸時代の文人・石川丈山の晩年を過ごした山荘跡で、現在は曹洞宗大本山永平寺の末寺となっています。
通路の敷石が美しい!生きているみたいです。
建物の外から。窓の形がユニークです。ちょっと漫画チックな目のようで。
お庭もすばらしい。紅葉もはじまっていますね。ここが真っ赤になるのかな。
杜鵑草(ホトトギス)が咲いていました。
藤袴が気持ちよさそうに風に揺れていました。
一乗寺の街
武蔵は八大神社にお参りしたあと、山を駆け下りて一乗寺下り松に行ったそうです。詩仙堂のあたりを走ったのでしょう。
今は八大神社や詩仙堂から一乗寺下り松は見えませんが、武蔵は吉岡一門が待ち構えるあたりを見下ろしていたのでしょう。八大神社の坂の上から京都の山々も臨めます。
渋いおじさんが店の前でギター?ここは「インキョカフェ」というジャズやブルースが流れるカフェでした。開店前で外から見たのですが、店内のビンテージ家具のデザインや色合いが素敵でした。
叡山電車一乗寺駅。ここから出町柳駅→京阪線で、武蔵が蟄居した観智院へ。
観智院で武蔵の水墨画
武蔵は吉岡一門の当主・吉岡清十郎と弟の伝七郎をはじめ70人を倒しましたが、残る一門の敵討ちから身を隠すため、東寺北側にある観智院で3年間を過ごしました。
観智院の入口。建物の中は撮影禁止でした。
東寺講堂から観智院に向かうときは小さな橋を渡ります。
国宝の客殿の近くから眺める外の光景。遠くに五重塔も。
客殿では、床の間に宮本武蔵が描いた絵「鷲の図」を見ることができました。落剥がはげしいですが、左下と右上に対峙する2羽の鷲の姿がわかります。1羽は地上から飛びかかろうとし、もう1羽は空を舞い遠く天上に去ろうとしている構図です。
同じ客殿の襖には「竹林の図」も描かれていました。武蔵は長谷川等伯に絵を学んでいたといいます。竹林の描き方は等伯を思わせ、素晴らしい作品でした。
どちらの絵も残されていることに感謝したいです。
→「鷲の図」「竹林の図」は東寺ウェブサイトに掲載されています。
東寺塔頭 観智院|境内のご案内|東寺 – 世界遺産 真言宗総本山 教王護国寺
茶室・楓泉観からの露地庭の眺め。京都の庭は石に滲む水が美しい✨茶室の襖絵は、狩野氏信筆の『楼閣山水図』や中林竹洞筆『秋草図』がありました。
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京都の『バガボンド』ゆかりの地は、ほかにも蓮台寺野付近の船岡山、本阿弥光悦の光悦寺、蓮華王院(三十三間堂)と他にもあるので、機会をみてゆっくり巡りたいと思います。なんといっても武蔵はバカボンド(漂泊の人)なので、各地にいってみたいです。巌流島や五輪書を書いた熊本にもぜひ!
🚃私が行ったルート
京都駅→地下鉄で25分→出町柳駅→叡山電車で一乗寺駅まで5分→徒歩10分→八大神社