さぬき石(サヌカイト)
「磬」という漢字は、「石」と「殸」組み合わせて作られたもので、「殳」には打つという意味があることから、「打ち鳴らす石製の楽器」を表している。ー武蔵野音楽大学ウェブサイトより
サヌカイトがなぜこの現代アートに?
今回のアート作品にサヌカイトが使われたのは、サウンドウォーク・コレクティヴの創設者ステファン・クラスニアンスキーが香川県坂出市の「金山けいの里」を訪れたことがきっかけとのこと。「金山けいの里」は、故・前田仁が坂出市でかつて生産されていた石の楽器を復活させる場として開設されました。
サヌカイトの楽器は1987年フランクフルト楽器博覧会に出品されて以来、打楽器奏者・作曲家のツトム・ヤマシタとともにエジンバラ国際芸術祭、1990年にはストーンヘンジ・センターサークルで演奏されるなど、ヨーロッパでも知られるところとなったそうです。
作品名≪沈黙≫。石の穴は楽器となる円い棒状の石を採取した時にできたもの。ステファンへのインタビューによると「音(声)を失った石の死骸」という捉え方で、丸いテーブルに「静けさを象徴する石の庭」を表現したとのことです。
中央の石にパティによる6行詩「MU/MUM/MUTE/MUSE/MUSIC/む)が記されていました。
MU=ムー大陸?ギリシャ語のミュー?/MUM=母/MUTE=沈黙・無言/MUSE=思索する、芸術を司る女神/MUSIC=音楽/む=無?
実際の意図は分かりませんが、この6行詩だけ読むと「音(声)を失った石の死骸」というよりも、私には「音や声を超える仏教的な空無の境地」と感じられました。
日本へのまなざし:ヒロシマ、フクシマ
『コレスポンデンス』展は映像、写真、絵画、音、詩などによる大規模なインスタレーションですが、開催地ごとに新しい作品が制作・展示されているとのこと。日本に関連する作品はサヌカイトのほか、写真や和紙を用いた絵画など。中でも、原子爆弾や原子力発電事故をアーチストとしてどのように捉えたかに関心をもちました。
作品名≪被爆樹木≫ 広島への原爆投下により爆心地の樹木の樹皮や枝葉は焼失しましたが、地中の根は生き残り、数年後には緑の葉をつけるようになったそうです。たくましい再生の象徴ですね。
この作品は再生した樹木の樹皮を顕微鏡で見た姿で、ガラスに写真転写したもの。金箔の額にはめ込まれているためか、第一印象は仏教美術のよう!ということでした。原爆樹木の死と再生がミクロなところでは一体となり、輪廻転生を感じさせられます。
作品名≪汚れた水≫ 2011年の東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故への対処では、高濃度の放射性物質を含む水が大量に発生し課題となってきました。その汚染水を浄化処理した「処理水」の海洋放出が2023年から始まり、一定の安全性は確保されているものの、海洋や生態系への影響を不安視する声が多く聞かれます。
この作品は、直接的に発電所付近の海水から制作されたのではないようですが、線が曲がりくねって絡まっています。人間の手によって海の中にある生物の遺伝子が混乱している野かも知れません。
《汚れた水》は海中の風景や海洋生物が刷られた18世紀の浮世絵などのファウンドイメージを、デコラージュ技法を用いて抽象的な線に変換している。ー解説のパンフレットより
『コレスポンデンス』展
サヌカイトで驚いてしまいましたが、美術展『コレスポンデンス(往復書簡)』は次のプロセスで制作されたとのこと。
ステファンが世界のさまざまな土地を訪れ、フィールドレコーディングによって「音の記憶」を採集する→パティがその録音との親密な対話を重ねて詩を書き下ろす→、さらにそのサウンドトラックに合わせてサウンドウォーク・コレクティヴが映像を撮影・編集する。
今回も巨大な映像インスタレーションが大きな会場を埋めつくし、膨大な時間とエネルギーに取り巻かれる感覚!
世界中の森林火災の記録映像≪燃えさかる1946ー2024≫や原発事故で廃墟となった街と今も住み続ける人々の子どもたちの姿を映した≪チェルノブイリの子どもたち≫など、地球の今を一気に駆け抜けた思いです。
理屈を超えて感覚に踏み込んでくるアートの力はやはり凄い!!