ドーラの撮れたDay

漫画や小説の聖地巡礼と街歩きが大好き。美術展もよく行きます。素敵な出会いを楽しみながら写真で綴っています。

戦国時代の越前の雄、朝倉氏の一乗谷遺跡を再訪(北陸旅行3)

北陸旅行2日目(11/28)。永平寺の参拝を終えたあと、永平寺発14時10分のバスに乗り約20分。「榎原復元街並」バス停で下車。戦国時代の越前の雄、朝倉氏の館跡と復元された城下町を観ることができます。以前も訪れたことがありますが、山間の風景がとても気に入り、あまり時間がなかったのですが寄ってみました。

室町幕府の将軍・足利義昭も訪れた朝倉義景屋敷跡

バスを降りて、さっそく朝倉義景屋敷跡に向かいました。

 

 

ゆるやかな山に囲まれ、静かな晩秋の空気感に癒やされます。

 

 


 

<唐門>朝倉義景館の入り口にあたる門で、豊臣秀吉が義景を弔うために寄進したと伝わります。現在の門は江戸時代中期に再建されたものです。

 

 

 

2025年3月に朝倉館の遺構の上にガラス床が張り巡らされ、館を回遊できるようになっていました。ガラスがなかったときの風情もよかったですが、中には入れなかったので館のスケールを体感するという点ではありがたい。室町幕府15代将軍・足利義昭を迎えたときも、中央の花壇が見える館の部屋で宴会などが行われたそうです。

NHK大河ドラマ『麒麟がくる』では朝倉義景館が何回か出てきましたが、セットの庭の造りなどが本物に近くて、美術スタッフのこだわりに感心してしまいました。

 

 

<朝倉館跡庭園>朝倉義景は京の都から権力者や文化人を招き、関係作りに努めたそうです。その宴の場として庭園造りにも力を注ぎ、大きくは四つの庭園群(湯殿跡、諏訪館跡、南陽寺跡、朝倉館跡)ですが、一帯では15ヶ所の庭園が発掘されています。

 

 

<湯殿跡庭園>義景館跡を見下ろす高台にあり、荒々しい石組が特徴とされます。

 

 

<湯殿跡庭園>

 

 

<朝倉義景の墓所>天正元年(1573)年に織田信長との戦いに敗れ、一乗谷一帯は館も庭園も焼失してしまいました。ほどなく、朝倉義景は一族の景鏡の裏切りにより自刃。こちらの館跡の墓は天正4年に村民の建てた小祠が始まりで、寛文3年(1663)福井藩主松平光通によって現在の墓塔が立てられました。

 

 

城下町を見下ろす高台。にわかに陽がさしてきて、紅葉が輝きました✨

 

城下町の暮らしを再現した復元街並

2019年に一乗谷を訪れたときにゆっくり回れましたので、今回は通り過ぎる程度に。

 

 

約200メートルの道路に面して配置された武家屋敷、町家、商家などからなる町並が復元されています。平成7年のオープンで、イベントも開かれています。

 

 

住居のエリアです。手前が井戸、右の穴がトイレです。各家にこのようなインフラがある町は、当時としては非常に珍しかったそうです。

 

さて、もう少し居たかったのですが、訪れた日は小雨模様で足が滑りそうだったこともあり、あまり暗くならないうちに帰路につきました。金沢に宿泊していたので、「榎原復元街並」バス停を15時42分発に乗り、福井駅には少し遅れて16時20分ころ到着。北陸新幹線の本数はそれなりにあるので、福井駅から金沢駅までスムーズに。

前回訪れた2019年は、少し離れた場所にある博物感も行きましたが一日掛けでした。次回は福井に宿泊して、4大庭園をゆっくり回ったり周辺の丘から戦国の戦いをイメージしたりしたいと思います。