藤原新也さんの写真展へ。祈りをキーワードに『印度放浪』『死を想え(メメントモリ)』など生と死に向き合う初期作から最新作までの作品を鑑賞しました。
会場の世田谷美術館は砧公園の一角にあり、美術鑑賞のあと、ゆっくり散策できます。
ポスターはチベットの僧侶の写真。僧侶が抱えたマリーゴールドの鮮やかな色と砧公園の落ち葉が対応するようでした。
チベットやネパールなどでは野生のマリーゴールドが一面に咲き、その生命力と黄金の色からも縁起がよいとされているそうです。
序章
テーマ「祈り」の序章として展示された奈良の仏像とバリ島の蓮の花。
死を想え(メメント・モリ)
左側はガンジス河沿いにある聖地バラナシで横たわる死者の写真です。写真集ではこの写真に言葉が添えられていました。
ー祭りの日の聖地で印を結んで死ぬなんて、なんとダンディなヤツだー
自らの死を悟り、両手指で陰陽合体の印を結び、天に突き出した直後に亡くなった人とのことです。
続いて、多くの人の生命が塊になって流動するインドの写真が展示されていました。
雨傘運動
◆香港民主化運動(雨傘運動)レノンウォールのコーナー
藤原さんは生活クラブ生協の機関誌にフォトエッセイを連載されていた時期があります。当時私は写真への関心が薄かったのですが、藤原さんの写真や言葉は人の営みを起点にされていたので共感することができました。
香港の雨傘運動のレポも、食べ物の写真が添えられているのが印象的でした。
日本巡礼
日本各地の日常を撮った写真のコーナーで、とても好きな写真に出会いました。
上の写真<人生の終わりは定食でよい。>
うどんとおにぎりの定食を撮影したもの。四国の讃岐ではこのような炭水化物をセットした定食が一般的だとか。
藤原さんは肉親の方が亡くなる度に四国遍路を歩かれているそうです。
四国霊場を八十八箇所巡ることによって煩悩が消え、願いがかなうといわれますので、煩悩が消えたときは食も「定食」を受け入れるということでしょうか。
下の写真<蜜柑も仏に見える四国の底力。>
土佐文旦だと思うのですが、おおまかには蜜柑ですね。
この「四国の底力」という言葉に考えさせられてしまいました。私は宗教のことがよく分らないのですが、四国という土地には人が祈りを捧げるにふさわしいものが何かあるのだと思います。
村上春樹の小説『海辺のカフカ』では、四国の山中に来世に繋がる場所が出てきますが、読むうちに現世は人が生きる過程の一部にすぎないという感覚に陥りました。
実際に四国遍路を歩くと掴めることがあるかもしれません。
今回の写真展は藤原新也さんの初期作から最新作までを一挙に展示するものでしたので、他にも素晴らしい作品が多々ありました。出版物も様々なものがあるため、折りに触れて接していきたいと思っています。